死に損ないの夏

8月末の昼下がり。妙に肌寒い日だった。夏が死んでいくことを想像しながら僕は昆虫ゼリーを棚に並べていた。半分程.並べ終わった頃にお客さんに声をかけられた。白いTシャツに薄いインディゴのジーンズ、水色のビーチサンダルを履く大学生ぐらいの女性だった。

「何かお探しですか?」

「カブトムシが飼いたくて」

不自然に明るい声だった。飼いたい種類を尋ねる。

「普通のカブトムシのメスがいいです」

僕は寿命がひと夏だけれどいいか聴くとそのぐらいが丁度いいと言った。

カブトムシは半額になっていた。そこから選んでもらう。飼育用のケースやマット、ゼリーを見繕いおすすめすると全て買っていた。帰り際に彼女は異様に明るい声で「ありがとうございました」と言った。

それから、暫くして夏が死に絶えた頃だ。落葉の桜並木道を歩いているとひとり浮いて薄着の女性が目についた。

カブトムシを買っていった人だった。普段なら、店の外でお客さんに声をかけることはないけれど、気になって声をかけた。カブトムシの様子を聞く。まだ、生きているそうだった。やはり、異様に明るい声。外骨格のような障壁を通しているようだ。「用事があるので」と彼女が言い去っていった。その姿は死にぞこないの夏が落葉の雨を潜って行くようだった。