ある種の悲惨な現実はプラダクツを持って語る

とある反出生主義者Aの偏見

A「人間は誰しも生まれながらに平等であるとは限らない。それに生まれてきた人物に干渉することはできないからね。」

B:「干渉できないってどういうこと?」

A:「例えばある物語を作っているとしたら主人公の未来を自由に操ることができるよね。だけど、その物語を描き続けなければ主人公を先に進むことができない。だから作者か死んだら未完になってしまう。基本的に子よりも親が先に死ぬのだから結末まで作ってあげることはできない。だから、干渉をすることは罪深い。だからといって、物語を鑑賞する方に回ったとして、鑑賞者の望む結末が来るとはわからない。想像よりもハッピーエンドだったり、バッドエンドだったりとね。子供を作るということは不幸か幸かもわからない物語をひとりの人間に押し付けることだと思うよ。」

 

Aのように論点がずれてしまった人が多すぎる。

差異のないものの存在意味があるのか。

4日後に首を吊ろうと考えていたのに感情が平板化しているせいか世界が綺麗に見えるでもなく、汚れて見えることもない。ただ、苦しさだけが存在している。死が4日ずれることに何の意味があるだろうか。

須原一秀は65歳で自死を選んだ。絶妙な年齢だ。65歳以降の同様の自分が同一人物であると認めることを難しくないのかもしれない。

10歳が20歳の自分を想像することはできないし、20歳が10歳の自分が同一の人物であると物理的な事象以外で認めることはできない。

今。この瞬間にも過ぎ去っていく空間の中でしか、自分が自分だと認めることはできない。

僕は4日間を待ってみようと思った。

死に損ないの夏

8月末の昼下がり。妙に肌寒い日だった。夏が死んでいくことを想像しながら僕は昆虫ゼリーを棚に並べていた。半分程.並べ終わった頃にお客さんに声をかけられた。白いTシャツに薄いインディゴのジーンズ、水色のビーチサンダルを履く大学生ぐらいの女性だった。

「何かお探しですか?」

「カブトムシが飼いたくて」

不自然に明るい声だった。飼いたい種類を尋ねる。

「普通のカブトムシのメスがいいです」

僕は寿命がひと夏だけれどいいか聴くとそのぐらいが丁度いいと言った。

カブトムシは半額になっていた。そこから選んでもらう。飼育用のケースやマット、ゼリーを見繕いおすすめすると全て買っていた。帰り際に彼女は異様に明るい声で「ありがとうございました」と言った。

それから、暫くして夏が死に絶えた頃だ。落葉の桜並木道を歩いているとひとり浮いて薄着の女性が目についた。

カブトムシを買っていった人だった。普段なら、店の外でお客さんに声をかけることはないけれど、気になって声をかけた。カブトムシの様子を聞く。まだ、生きているそうだった。やはり、異様に明るい声。外骨格のような障壁を通しているようだ。「用事があるので」と彼女が言い去っていった。その姿は死にぞこないの夏が落葉の雨を潜って行くようだった。

アノマロカリスに想いを馳せてアルテミアを沸かす。

配布物を回すように彼女は僕に小脳を手渡した。先ほどまで標本瓶に保管されていたため、ホルマリンが滴っていた。どんな手触りなのかと想像を凝らしながらそれを受け取るとヌルッとしていて、想像を逸脱しない手触りだった。彼女は「大したことなかったね」と僕に呟き、微笑んだ。

 

名もなき登場人物

この世界は僕の考えた物語であると考えると良い。勿論、僕とはこの文章を書いている僕ではなく、物語の中に自分を投影してしまった僕である。

 

僕はスーパーで買い物をしているするとある2人の人物に声をかけられた。(名前を知らないのでaとbとしよう。)2人のうちの1人、aは足を組み座っていたが突然、僕に商品を投げてきた。「欲しかったものだろ」と言った。たしかにそれは欲しかったものだった。

また、それを見せてくれとと言ったので、渡す。すると「やっぱりな」と言い。もう一度僕にそれを見せた。それはさっきまで見ていた、僕の欲しかった商品ではなく。全く知らないものだった。bがどうしてだと驚愕し声を上げる。僕は上があるってことだなという。aはそうだなといい、天井に指を差してこの世界を作った奴がいるってことだとニヤついていた。僕は日頃からこの世界の想像主がいる可能性を感じていたがその事実にはたどり着けず、また、それを理解できる人がこの世界には存在しないと感じていた。ところが突然、僕の前にこの世界に想像主がいる事実を証明して見せたaが登場した。これは奇跡的である。そして、aにとってもこの事実を理解できる僕という存在に出会えたことが奇跡的だと感じているに違いなかった。

僕とaは意気投合し、スーパーを出た。すると夜になっていた。空には満月が輝いている。そこから少し北には月の半分ほどのサイズをした星があり、その星の名前を僕は知らなかった。aにあれは何かと尋ねる。aはあれを知らないのかと少し驚いた様子だ。そして、そうかお前だったのかとゲラゲラゲラゲラと笑う。そして僕も「そうか俺か」と笑う。やがて視界が暗くなり、僕とaの笑い声だけが響き続ける。

私は目を覚ました。時計は午前3時半ごろを差している。なんでこんな早くに起きてしまったんだと嫌な気持ちになっているとなんだかさっきまで夢を見ていた気がした。

 

 

勉強嫌い

勉強はつまらない。なんでだろうって考えていて気がついたことがある。

何かを疑問に持ったり自分では説明がつかなかったことを発見したりすると好奇心が疼く。答えなんてわからないけれど仮説を立てて分かろうとする過程は楽しい。けれど、模範解答を調べたり、または聞いたりするとなんだ、そんなことだったのかって気持ちになる。さっきまでの好奇心を失われ自分の信じたい仮説がポエジーで馬鹿馬鹿しいものだったと気が付かされると悲しい。

だから、勉強が嫌いだ。知らなければ輝いていた事柄は多く。知れば知るほど世界はモノトーンだ。色はただ光が反射しているだけなのだから。

川逍遥

朝焼けの空、川辺の木々、空低く携えた雲。凛とした空気と川面に浮かび上がる。

水の綾を見た。同時に先ほどまでの世界を姿を消した。

儚さに惹かれる。決して見続けることのできない景色。刹那のうちに消え失せてしまった景色。それを、記憶の中で見続ける。記憶とは不思議だ。決して忘れないようにと思い出せば思い出すほど美化され、気がつくと自分が目にしたことのない美しいものを作り出す。

僕の記憶の中の景色はこの世に存在しない。